『お取り寄せサイト』をひとつにまとめました。すべての蒟蒻しゃぼんを一度にお求めいただけます。

しゃぼんの謂れ

蒟蒻と言えば、精進料理。

 仏教が伝来して以来、僧侶の食事は精進料理だったと思われますが、精進料理が本格的に発達したのは禅宗がもたらされた以降のこと。

鎌倉時代、宋に学んだ道元は、食事などの日常生活がおのずと仏道の実践であると会得し、「典座教訓」や「赴粥飯法」を著し、豆腐、納豆、蒟蒻などの製法を伝えるとともに、体を酷使する武士や農民にも満足できるしっかりとした味付けの料理を広めました。

道元の広めた精進料理とともに、蒟蒻も次第に食材としての地位を獲得していったのでしょう。

京都と深い関わりのある道元。

 1200年(正治2年)京都に誕生した道元は、13歳の春、比叡山横川般若谷出家、24歳にして中国、当時の宋に渡り、如浄禅師の下で修行して悟りを開き、お釈迦様から伝わった「坐禅」という正伝の仏法を受け継ぎました。

 

京都から越前国へ移り、永平寺を開山。

 道元禅師は、1227年(安貞元年)秋に帰朝、その後、深草の極楽寺旧蹟を興し、藤原経家や正覚尼等の要請により宇治に興聖寺を開きました。

1243年(寛元元年)、鎌倉幕府の六波羅探題引付頭の一人で道元禅師に深く帰依された波多野義重公の勧めにより、越前国志比の庄吉峰寺に移りました。翌年、永平寺を建立。

ここに真実の仏弟子を育てる道場を開かれました。この禅宗の総本山で磨かれた精進料理、その中の蒟蒻が、禅宗の広まりと共に全国へとっていったのです。

京都の蒟蒻。

 京都の八坂庚申堂では「蒟蒻焚き」の接待が行われる。

これは八坂庚申堂の開祖である浄蔵貴所が、父の病気祈願に蒟蒻を捧げたところ無事快癒したということから、庚申日に蒟蒻が振舞われるようになったとのこと。京料理には欠かせない蒟蒻だが、これの栽培には手間暇がかかる。

春に種芋を植えると、地下茎が伸び、秋に少し大きくなって生子(きご)というこんにゃく芋の赤子ができまる。これが一年目。この生子を収穫し、貯蔵した後、翌春に植え付けると、秋には、百グラム程の大きさに成長する。さらに三年目となる翌春、これを植え付け、秋には六百グラム程のこんにゃく芋が収穫できまる)。 そして翌春、また植え付けをし、やっと四年目の秋に二キログラム程の蒟蒻芋が収穫できるという。

この蒟蒻を丸い石鹸に仕立てたのが京都蒟蒻しゃぼん。

copyright©2011 Konnyaku Shabon all rights reserved.

copyright©2011 Konnyaku Shabon all rights reserved.